臼井浩二

1974年 大阪府茨木市生まれ
1996年 京都学園大学経済学部卒業
1996年 京都の呉服メーカーへ営業として入社するも2年で退職
1998年 ワーキングホリデーにてニュージーランドヘ
2002年 大阪の産直店入社
2007年 高知へ移住。道の駅を運営する地域産品卸会社へ入社
2011年 ポップアート研究所設立

正社員2名、売場面積30坪の小さな産直店で年商1億3千万円を達成。パートを募集すれば「娘を働かせたい」とお客が順番待ち。
そんな自身の現場経験をもとに「商品・お客・従業員」3つの変化を引き起こすPOPコミュニケーション(通称ポプコミュ)提唱。

現在は、パソコンやネットが苦手な店舗を中心に現場から支援。サポート実績は200社以上、上場企業でのセミナーや従業員研修など、累計受講者数は2千名を超える。

行政や自治体でアドバイザーも務めるほか大学や専門学校などでも講義を持つ。相手を否定することなく、同じ目線からヤル気を引き出す”庶民派コンサルティング”は、「臼井マジック」として会員に定評。近著に『選ばれるお店』。

 

講演・セミナー実績

大阪産業創造館、広島県世羅町商工会、徳島県美馬農業支援センター大津北商工会、山口県周南農業協同組合、三重県熊野商工会議所、みえ熊野古道商工会、高知県安芸商工会議所、高知県地域農業推進課、高知新聞社、ショッピングモールマーサ21、道の駅うみんぴあ大飯……その他、某一部上場企業プライベート展示会など企業研修多数

みえ熊野古道商工会さんでのPOPセミナー 臼井浩二

みえ熊野古道商工会さんでのPOPセミナー

委嘱非常勤講師・外部アドバイザーetc

  • 高知県農林水産物直販所支援事業アドバイザー
  • 高知県小規模事業者等支援事業 外部専門家
  • 高知県商工会連合会 専門家派遣事業販促アドバイザー
  • 高知県立農業大学校 非常勤講師
  • 高知情報ビジネス&フード専門学校 非常勤講師
  • 高知県立安芸桜ヶ丘高校 非常勤講師 …他
なら食と農の魅力創造国際大学校 臼井浩二 POP講義

なら食と農の魅力創造国際大学校の仲間たちと

新婚旅行前日に退職

どんな仕事に就いても、

大阪の産直店 とさ千里 臼井浩二

産直店に働いていた頃、イベント販売にて

「これは自分のやりたい事じゃない」と、転職すること5回。

“自分が探し求める夢は日本にはない“と会社を辞めて海外に在住したことも、、、。

挙句の果てに、新婚旅行前日に辞表を提出。
険悪な雰囲気のままハネムーンへ。

以来さまざま理由をつけてきたけれど、要するに、何をやっても堪え性がなかった。

あらためて考えてみると、そんな私が唯一、継続できたのが小売の仕事。
学生時代のアルバイトも含め、小売業従事歴15年以上。

お客さまとコミュニケーションをとることが天職だと気づいてから…

人生の歯車が好転し始めました

大学を卒業後、商人(あきんど)の教えを学ぼうと、単身飛び込んだ呉服業界。
しかし、当時働いていた本場京都の老舗の呉服店にも、不況の波が押し寄せてきました。

倒産の危険を感じ、退職したのが今から24才のとき。

その後、”自分探し”をしようと決意し、ニュージーランドへ1年在住。

ニュージーランドで働いていたりんご農園にて

「帰国後、語学を使って仕事をしたい!」

意気込んで希望した職場へ入るも、、、
求められる能力についていけずメーニエル病になるなど、ストレスに悩み退職することに。

「何かを変えなければ…」

「何かを変えなければ、状況は変わらない」

感じつつも、就職活動を続けました。
本当にやりたいこと、仕事に求める価値観について毎日悩み、考え続けました。

ときには無職ということに引け目を感じ、人に会うことへの恐怖感が募り、自宅から出られなかった事もありました。

「大学まで出させてもらって、、、」
親に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

ようやく半年間の就職活動の末、社会人になって初めて販売の仕事に就きました。

「何かをしなければ」

その思いだけで、給料や休みなどの条件面は一切考えずの行動でした。

ようやく見つけた自分の居場所

臼井浩二が働いていた産直店

当時働いていた大阪の産直店

幸運だったのか、販売という職種はピッタリの仕事でした。
自分の天職だったのかもしれません。

  • お客さまとコミュニケーションをする楽しさ
  • 閉店時間が全く気にならない毎日

その私の働く喜びが、お客さまにも伝わったのかもしれません。

売場面積30坪、正社員2人の小さなお店にたくさんのお客さまが買い物に来てくれてました。
遠方から1時間以上かけて来てくれるお客さまも。

…おまけに、私生活にも幸せが舞い込んできました。

当時、付き合っていた彼女との結婚も決定。
幸せなことが、とんとん拍子に起こりました。
公私ともに、誰もがうらやむ新婚生活!

人生いよいよ、絶頂期!!

幸せ渦中のふたりは、そう信じて疑いませんでした。 

誰もが羨む幸せを掴んだはずが…

結婚を機に新たな土地へ移ることになりました。
自分の天職に気づかせてくれた、お店や仲間と別れを惜しみながらの退職でした。

”新たな門出!”
”新たな土地での仕事!”
まもなく彼女との結婚式、新婚旅行、新たな家族での生活。

楽しい事づくめ、のはずでした、、、。

しかし現実は、プライベートの充実とは正反対に仕事で悩みを抱える毎日。

販売と営業の仕事のギャップの戸惑い…
新しい土地での人間関係にも馴染めない…
自己卑下の毎日・・

なんと、新婚旅行前日に会社へ辞表を提出してしまいます。

笑顔でいながら心には常に不安が

一生、忘れません

今でも憶えています。
今まで見たことのなかった、妻の怒るわけでもないあの悲しそう表情。

「今晩、これ一緒に食べようか」

私を励まそうとしたのか?
気にしていない振りを見せてくれようとしたのか?

仕事の帰りにシュークリームを買ってきてくれた日のことを今でも忘れません。

何もかもが、ゼロからのスタートでした。

人生を見つめ直そうと、必死になって書籍も読みあさりました。 
自分の好きだったこと、得意なことは何なのか?

恥ずかしながら、30代になってもう一度自分の人生の棚卸しでした。

そして、到達した答え。 

産直店で経験した20代の記憶

可能な限りPOPを付けていた当時のお店の売場

「こんなに一生懸命作られている生産者さんがいるんですよ」

当時、産直ショップで働いていた頃、
一生懸命、野菜を作られている生産者さんのことを、1人でも多くのお客さまに知って欲しくて仕方がなかったです。

「量よりも質にこだわり、ご夫婦お二人でトマトを作られる生産者さん」

「ご自身が育てたイチゴを食べて、息子さんがおう吐したのをきっかけに必要最低限の薬しか使わなくなったイチゴ生産者さん一家」

生産者さんは皆さん、想いを持たれていました。
何とか、その想いをお客さまに伝えたかったです。 

野菜が詰まっていた段ボールの端を切っては、生産者さんの思いを書いて売場に貼っていました。

「この野菜を作られている方は、一体どんな方なのか?」

生産者さんが送られてきた人生や生き様、農業に対して抱かれている思いを必死で書きました。
次第に生産者さんの思いはお客さまにも伝わっていきました。

このお店に来るのが楽しいのよね
このお店に行くと、何か面白いことがありそうだから
今度、友達を連れてくるわね!

こんな風に言っていただけるまでになりました。 

「今の仕事が楽しくて仕方ない!」
そんな風に感じてもらいたくて
今のビジネスを起ち上げました

私は今の仕事が大好きです。
1年後には、もっと好きになっていると思います。

しかし、20代、30代のサラリーマンをしていた頃は仕事が嫌で嫌で仕方がなかったです。

しかし、あるキッカケで世界は逆転しました。
そう、そのキッカケは「自分を伝える」ことでした。

自分の意見を伝えることで、共感者が現れる。

その方があなたのおすすめする商品を購入し、あなたのお店のファンになってくれる。
お客さま、従業員さん、さらにはそのご家族みんなが笑顔になる。

「あぁ、今の仕事をしていてよかったな」

できる限り多くの方々に感じていただきたいと思っています。

これからも多くの方々と笑顔でいられるお手伝いをしていきたいです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

新刊書籍「選ばれるお店」

選ばれるお店

POPコミュ実践者インタビュー